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2011年8月6日土曜日

원자력발전에 관한 풀의 뿌리의 논의를 일한 양국에서

동일본 대지진 재해는 큰 피해를 주었습니다. 거기에 계속되어서 일어난, 후쿠시마 제1 원자력 발전소의 사고는 일본과 세계의 사람들에게 큰 불안을 주고 있습니다.

피재자에 대하여 한국을 비롯해 전세계에서 물심양면의 지원이 몰려왔습니다. 마음속으로부터 감사합니다.

원자력발전을 속행할지 폐지할지에 대해서 논의를 하고, 결단을 할 필요가 있습니다. 양국은 많은 원자력 발전소를 가지고 있습니다. 일본은 세계에서 3번, 한국은 5번입니다. 일본과 한국은 해협을 끼어서 이웃이 되고 있습니다. 그리고 원자력 발전소가 일본의 사가와 한국의 부산에 있습니다. 그 어느 쪽이 후쿠시마와 같은 사고를 일으키면, 양국에 방사능오염이 미칩니다.

각각의 나라의 에너지 정책은, 각각의 국민이 정합니다. 옳은 판단을 할 수 있게, 정확한 정보와 지식을 손에 넣을 필요가 있습니다.

이후, 후쿠시마의 진실을 발신합니다. 양국에서 풀의 뿌리의 논의를 일으켜 갑시다.

2011年8月3日水曜日

Tension concerning historical awareness still exists in Japan

Schools in Tokyo use nationalistic junior high history textbooks. The Tokyo Board of Education on July 28, 2011 approved the use of a disputed history textbook with a nationalist influence. The textbook has drawn international criticism from China and South Korea because of its justification of past Japanese aggression in the war. In addition, many Japanese are against the usage of this material in schools.
There are many publications supporting the view that the Japanese wars against Korea, China and the U.S. were for self-defense and self-respect of Japan, not for aggressive purposes. “A pride of the Japanese” written by Masahiko Hujiwara is one of bestselling books in 2011. He insists that we must reject the Tokyo Trials in 1946 to restore the pride of the Japanese people and revise the Constitution of Japan to reinstate military forces.

However, most Japanese don’t agree. They are willing to recognize the fact that Japan declared war and have decided not to do this again but to keep peaceful relations between foreign countries instead. They oppose revising the Constitution of Japan, especially article nine as recorded below.

Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
   In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

Not only in Japan, but also in many other countries, for example Norway, there are many militant nationalists. However, they only make up a tiny fraction of the Japanese population. We should work together to ensure trusting relationships

2011年8月2日火曜日

3月11日原発事故を経験した吉永小百合さんの悔い・私の痛み

 8月1日付の朝日新聞は、原爆詩の朗読会で、 女優の吉永小百合さんが、福島第一原発の事故に触れ「世の中から核兵器がなくなってほしい。原子力発電所がなくなってほしい」とあいさつしたと報じている。「『原子力の平和利用』という言葉を、今まであいまいに受け止めてしまっていた。『もんじゅ』(福井県敦賀市の高速増殖原型炉)が恐ろしいことは聞き、廃炉に向けた運動はしていたが、普通の原子力についてもっともっと知っておくべきだった」と話したと報道している。吉永さんの誠実さに感動した。同じ日の朝日新聞は別の記事で、ルポライター鎌田慧さんが「原発反対で運動してきたが、社会を変える力になっていなかった」と振り返ったと書いている。頭が下がる。


3月11日原発事故を経験して、なぜもっと前から脱原発にむけ運動をおこし国民的合意を作れなかったのか。これまでの自らのあり方について痛みをこめて振り返り、これからの脱原発の運動への決意を固めている人は少なくない。

私も同じ痛みを持っている。

私は原爆の被害についての知識は持っていた。チェルノブイリ事故についても知識は持っていた。そして3月11日以前、マスコミが垂れ流した「地球温暖化防止のために原発を」という宣伝にも批判的であった。安全点検をして危険な原発は廃棄するべきであると考えてきた。もちろん「安全な原発」は存在しないから、実践的にはすべての原発は廃棄するべきという考えであった。でもすべての原発を、期限を決めて停止するべきであるとは言ってこなかった。核兵器廃絶と同等の重要性のある課題として取り組んでこなかった。それはなぜか。危険な原発はやめるのは当然としても、原発を全廃しても私たちのいのちと暮らしを守ることができると断言できなかったことにあるのだろう。「本当に原発ゼロで、大丈夫か」との懸念が、脱原発宣言を躊躇させたのである。なぜそう考えたか。どの情報に基づいて判断したのか。結局は原発推進論者の主張に幻惑されていたのだろう。考えが足りなかった。胸が痛む。

そして今回の福島の事故である。多大な被害を福島県民に与えた。故郷を奪い、死の恐怖を押し付けた。リスクはあるかもしれないが我慢してくれとは言えない。私たちのいのちと暮らしを守るために、かりに金を払ったとしても誰かを踏みつけにしてはいけない。いくら賠償金や補償金をつんでも、これほどまでに他者に犠牲をおしつけるのは不正義である。

しかし原発を全廃するために、私たちのいのちや暮らしがどうなってもいいわけではない。困難はあっても原発なしで私たちのいのちと暮らしをまもる国づくりをしようと呼びかける時である。さらに発展途上国では水と食料を確保するために十分なエネルギー供給が不可欠である。脱原発の安全なエネルギー確保のために人類の総力を結集する時である。この課題を21世紀前半で解決しなければならない。

エネルギー問題について3月11日以前どう考え、そして今どう考えているのか。それを明らかにするべき時である。そして国民的・人類的合意をつくる時である。

2011年7月31日日曜日

日本の原発技術が世界を変える 豊田有恒 祥伝社新書

一度読みたいと思っていたこの本。まだあるかと心配しながら、書店に駆け込んだ脱原発本がメジロ押しの中でようやく見つけた。 この本は10年12月に出版されている。東日本大震災・福島第一原発事故の3か月前に、原発推進(豊田氏は自分を原発批判派と)の主張がどのようにされていたか知る絶好の資料である。

 主旨は以下のとおりである。わが国の原発技術が世界最高の水準である。世界は原発を必要としている世界一安全な原発を広めることが、この上ない世界貢献の道だというのである。なぜ世界一安全か。安全性・信頼性の尺度は、運転時間あたりの非常運転停止の回数である。日本の原発の非常停止は、運転7000時間あたり、0.07回という驚異的な少なさだ。2位のドイツでも、0.12回、アメリカが0.28回、フランスが0.59回。日本が世界一安全だ。また、安全性を保守するのは放射能を閉じ込める5重の壁である。その壁の一つである原子炉圧力容器は日本の一メーカーが全世界の八割のシェアを占めている。そして、07年7月の新潟県中越沖地震での柏崎刈羽原発では、原子炉本体への損傷がまったくと言っていいくらいなかった。地震が日本の原発の安全性を証明した。
 
 本書では、津波も全電源喪失の想定も出てこない。

 著者の主張を踏まえれば、世界一安全な日本の原発で今回の重大事故が起こったのだから、世界中の原発はすべて危険で廃棄すべきということになるのではないか。

 私は本書が今の書店の書棚にあるのは著者と出版社の見識だと思う。少なくとも11年3月11日以前は原発推進・容認の意見が多数であったのは事実である。多くの原発推進論者が、息をひそめて議論を避けている。今こそドイツで行われたような国民的議論をする時だ。3月11日以前はどう考えていて、今どう考えているか、なぜそう考えるかを明らかにする必要がある。

 11年3月を経験して、今どう考えているかを明らかにすることを著者と出版社に望む。それが文筆家の使命である。

2011年7月29日金曜日

アナログ放送終了から6日 町には“砂嵐”が吹きすさんでいる

7月29日午後、訪問診療だ。今日も暑い。今日は11軒を訪問したが。4時間半かかった。調子の悪い人が多く、検査や点滴・処置に時間がかかった。
そのうち2軒が独居の方であったが、2軒とも地デジ対応ができていなかった。今日だけに限れば、地デジ未対応率18%だ。

画面の砂嵐 右の小さなボックスがチューナー
小林さん。男性。85歳。難聴があるため、いつもは家の外まで聞こえる程の大音量でテレビをつけている。ところが今日はテレビの音が聞こえない。何か変わったことでもあったのかと思いあわてて家の中に入った。部屋のなかで転寝をしていた。私にきづいて起きだした。テレビはどうしたのと聞くと、「やかましいから見ない」と言う。テレビの横を見ると地デジチューナーが設置されていた。昨日、電気屋が来てチューナーをつけてくれたがうまくいかないとのことである。テレビのスイッチを入れると画面には“砂嵐”が舞っていた。25日に訪問した足立さんもチューナーは手に入ったが自分では設置できないと投げ出していた。

画面の砂嵐
安井さん。女性。81歳。訪問するといつもはテレビなのに今日はラジオをかけていた。まだチューナーの準備もできていない。テレビはどうするのと聞くと、「テレビはいいんです。もともとスポーツしか見ていなかったから」と言う。チューナーを設置する予定もないようだ。

地デジ難民は確かにいる。国の政策のため、先日まで見ることのできた私有財産のテレビを無用の長物にされた人がいる。「もういいんです」と言われるが。酷な話である。地デジ移行強行は憲法に定められた文化的生活を営む権利や財産権の侵害である。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第29条 財産権は、これを侵してはならない。

難民を出さないためにもう少し丁寧な対策をうつことができたと思う。町の角々には地デジ移行ができないテレビの砂嵐が吹きすさんでいる。早急に実態を把握し対策をうつことを切望する。

2011年7月26日火曜日

地デジ移行強行、テレビが見捨てられる日

7月24日の昼、テレビからバラエティー番組が流れていた。タレントたちは突然カウントダウンを始めた。この季節に何のカウントダウンなのかわからない。

「サン、ニ、イチ、ゼロ」テレビの中では大歓声が起こった。そのとき突然、テレビの画面が「アナログ放送は終了しました」、との文字に変わった。

「アッ、テレビが文字に変わった」後ろのテーブルの子供が声をあげた。それだけである、場末の韓国食堂ではだれもテレビには関心がない。お互いの会話と食事の音が続いた。店の人も、テレビに一瞥もくれることなく仕事を続けた。

すでにテレビはこんな存在になっていたのか。映っている時も、映らなくなった時も誰も関心のないものになっていたのか。偶然入った食堂で、アナログ放送停波の瞬間に立ち会って周囲の人の無関心さに驚いた。

アナログ放送停止は、地デジ難民をつくる大変動である。7月24日はテレビが地デジ難民を作り出した日である。それを報道機関らしく報道できないテレビ局は情けない。地デジ移行は会社の大方針である。会社の利害にかかわることでは、一方的立場の宣伝だけを流した、NHK・民放各局。報道の自由とはその程度のものか。この間、大手ジャーナリズムが「原発村」の一員であったことが指摘されている。そのことを釈明できないテレビ局。テレビ局の利害の枠内での報道。同じことが、地デジ移行報道で繰り返された。

テレビはアナログ停波の告知を繰り返している。でも食堂の誰一人、気を留めない。近い将来、テレビが見捨てられる日が来ると思った。

2011年7月25日月曜日

アナログ放送終了とテレビの大騒ぎ

7月24日の昼、テレビからバラエティー番組が流れていた。タレントたちは突然カウントダウンを始めた。この季節に何のカウントダウンなのかわからない。

「サン、ニ、イチ、ゼロ」テレビの中では大歓声が起こった。そのとき突然、テレビの画面が「アナログ放送は終了しました」、との文字に変わった。

「本当に、テレビが見られなくなった。」と、つぶやいた。誰も聞く者はいない。「まあ、いいや。どうせそのうち死ぬのだから。」

タレントたちは、テレビのこちら側にどんな世界があるのか知らないにちがいない。だから大騒ぎできるのだ。

ふと金子みすずの「大漁」という詩があたまにうかんだ。

  「大漁」
朝焼け小焼けだ大漁だ
オオバいわしの大漁だ

浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
いわしの弔いするだろう

関係者の中に、テレビのこちら側の世界に気づいている人はいるのだろうか。NHK「クローズアップ現代」はこの問題を取り上げてくれるのか。


でも放送されても、私は見ることができない。