新聞の広告で神様のカルテ3が出版されたと知って、わざわざ書店にでかけて買った。いつもなら本はネット書店の宅配で購入する。早く読みたいと思い書店に出かけた。私は医者を36年もし、そろそろ引退が近づいている。ほとんど小説は読まない。とくに医者物や病院物は嘘が透けて見えるので敬遠してきた。そんな私が夏川草介の神様のカルテシリーズにであったのは偶然だ。昨年の夏、映画「神様のカルテ」をシネコンで見た。私の空き時間と映画の上映時間の関係でこの映画しか見られなかったからだ。この映画を見た後、神様のカルテ1、2を読んだ。
作者夏川草介は非凡な作家だ。私が魅かれているのは地域の第一線の病院の実相がリアルに描かれているからである。”この町に、いつでもだれもが診てもらえる病院を”の使命感を持ながら24時間365日の診療を提供し続けている医師・看護師の喜びや苦しみが描かれている。当直勤務明けに若手の医師が医局の床で寝ている姿はその象徴だ。
神様のカルテ3では、主人公の青年医師に転機が訪れる。
主人公が膵臓の良性腫瘤を癌と「誤診」し外科手術に回してしまう。当然、患者家族や病院管理者から批判される結果になる。
先輩医師は主人公にこう言う。
「医者を舐めてるんじゃない?今の医療って、一か月単位でどんどん進化していく日進月歩の現場なの。一瞬でも気を抜けば、たちまち自分の医療は時代遅れになるわ。それはつまり、患者にとって最善の医療を施せない、ということじゃないかしら。そんな厳しい世界にいながら、亡くなる患者のそばにいることに自己満足を覚えて、貴重な時間と気力と体力を浪費していく医者なんて、私からしてみれば、信じられない偽善者よ」P212
「医者っていう仕事はね、無知であることがすなわち悪なの。私はそういう覚悟で医者をやっているのよ」P214
そのとおりである。いくら患者の役に立ちたいと思っても知識と技術がなければ意味がない。しかし知識と技術を獲得・維持するために患者に寄り添う「やさしさ」を失ってはダメだ。勉強・研究する時間を確保するために患者を選別し、手抜き診療してはいけない。
病棟看護師はこう言ってくれた。
「みんな医者を便利な小道具かなにかと勘違いしているのよ。昼も夜も働かせて、土曜日も日曜日も呼び出して、散々頼っておきながら、ミスを犯したと知った途端、あっさりと掌を返して、やっつけようとする。こんなことしていたら、真面目に働く医者から順に、壊れていっちゃうわ。」P325
ありがとう。その言葉ほんとうにうれしい。
結果的には主人公は大学病院に転勤することになる。
内科部長はこう言ってくれる。
「だから栗ちゃん、おれが言えることはただ一つだ。医者にとって大事なことは、”続けること”ってな。」P373
医者が「やさしい」ことも「かしこい」ことも大切だが、医者を辞めないで続けることが大切だ。そのためには「つよい」ことがたいせつだ。
著者は夏目漱石の言葉を引用する。「”あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んでいくのが大事です”」(夏目漱石)P189
内科部長は主人公に言う。
「しっかり勉強して、また戻って来てくれや」P375
彼を批判した先輩医師は、彼が病院に戻るまでの間、病院を守って頑張って働いてくれる。
私も是非また第一線に帰ってきてほしいと思う。
この本を多くの医師と医師をめざす若者に読んでもらいたい。
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