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2012年1月19日木曜日

感動!ナターシャ・グジーの「防人の歌」を聞いた



私の勤務する医療法人の新年集会でナターシャ・グジーさんのコンサートがあった。月並みな表現だが「その美しく透明な水晶の歌声と哀愁を帯びたバンドゥーラの可憐な響き」に感動した。08年の世界9条会議で彼女の歌を聞いた。その時からもう一度彼女の歌を聞きたいと思っていた。それが今回実現した。

彼女はウクライナ生まれ。 6歳のとき、チェルノブイリ原発事故でわずか3.5キロ地点で被曝している。「3日間避難してください。必要なものしか持っていかないで。3日後に帰ってきます。」(ふるさと ナターシャ・グジー オフィスジルカ)といわれて避難をした。それから一度も実家の家には帰れていない。20歳のときから日本で音楽活動をしている。

今回、彼女はさだまさし作詞作曲の「防人の歌」を歌った。透きとおった歌声が響き。目を閉じると津波被害の東北の光景が、原発被害の福島の光景が見えた。

おしえてください
この世に生きとし生けるものの  
すべての生命に限りがあるのならば  
海は死にますか 山は死にますか  
風はどうですか 空もそうですか  
おしえてください
(中略)
わずかな生命の  
きらめきを信じていいですか  
言葉で見えない望みといったものを  
去る人があれば 来る人もあって  
欠けてゆく月も やがて満ちて来る  
なりわいの中で  
(後略)

「防人の歌」は80年の映画「二百三高地」の主題歌だ。どんな映画か確かめるためにDVDを買って映画を見てみた。日露戦争は多大な犠牲を払ったが国家の自立自存のための必要な戦いであったという立場で描かれている。私はその考えには賛同できない。歌は兵士の死体が累々並ぶ戦場の場面で出てくる。歌詞を吟味したが、「防人の歌」自体は戦争賛美の内容は持っていない。

チェルノブイリの体験者である彼女が歌うから、いっそう心に響いた。
福島の原発事故と避難についてhttp://www.youtube.com/watch?v=YYbqSr97Op4

悲しいことをたくさん体験した。でも生命のきらめきを、言葉で見えない望みを、来る人を、そしてやがて満ちてくる月を信じたいと思う。

ナタシャー・グジーの「防人の歌」をぜひ聞いてください。

2012年1月18日水曜日

なぜ松井大阪府知事は咲洲全面移転に固執するのか



「大阪府本庁舎、三たび咲洲移転案 橋下前知事は断念」(2012116日朝日新聞)には驚いた。

「大阪府の松井一郎知事は15日、咲洲(さきしま)庁舎(旧WTC、大阪市住之江区)に庁舎を全面移転し、現在の府庁本館(同市中央区)は近代美術館として活用をめざす意向を表明した。(中略)咲洲全面移転は昨夏、前知事の橋下徹・大阪市長が断念したが、松井氏は今後、安全と判断できれば9月府議会にも移転条例案を提出する。」(同)

昨年夏、大阪府は津波の予測を従来の予測の2倍6メートルに引き上げ大阪湾岸が津波で水没すると予測し避難対策の策定を開始した。咲洲は津波で水没すると予測されている。一方、大手前庁舎は水没から免れるとされている。

咲洲は津波の被害だけでなく、地震による液状化と咲洲庁舎のような高層ビルの長周期振動が課題とされている。その咲洲に全面移転したいとの願望を松井知事が持ち続けているに驚いた。中央防災会議が咲洲は安全だと太鼓判を押すとの感触を得ているのだろうか。かつての原発のような安全神話を、咲洲で再現するのは極めて難しい。この話を蒸し返せば、危険で使いようのないWTCを平松大阪前市長から買い取った橋下前府知事の失策を府民が思い出すだけで、彼らにとっては藪蛇になると思う。

ではそのようなリスクを冒しても咲洲全面移転をしたいのだろうか。それは咲洲開発で利益をうる勢力の圧力があるからだ。それは咲洲に不動産を有する大手企業、そして今後の大型公共事業を渇望するゼネコンに違いない。

数十年以内に必ず起こるとされる「東海」「東南海」「南海」の3地震その危険の真っただ中にある咲洲。その開発をいくら夢見ても、果たせない夢である。府税市税を減免しても安全性が担保できない地域に、まともな外国企業が来るはずがない。来るのは移転のための補助金をかすめ取ろうとする禿鷹のような企業が、短期だけ来てまた出ていくだけだ。

昨年の3月11日津波の光景は忘れることができない。被災地では高台移転について真剣な議論がされている。あのような津波が大阪を襲えば咲洲庁舎は津波で孤立することになる。

松井知事に聞きたい。「あなたは東日本大震災から何を学び、どう考え方と行動が変わったのか」と。

2012年1月15日日曜日

橋下徹大阪市長による過剰診療対策を口実にした、生活保護受給者の受診抑制はあってはならない


113日づけの読売新聞によると
「橋下市長、過剰診療対策で受診機関を認証へ
 大阪市の橋下徹市長が、過剰診療などの不正請求対策として、受給者が診療できる医療機関を、市が独自に認証する制度を検討していることがわかった。
 不正請求を繰り返す悪質な医療機関を排除するのが狙い。過剰診療が疑われる場合は、別の医療機関で診療させる『検診命令』を発令し、従わない場合は保護停止も辞さない構えだ。」
 
「過剰診療」をおこない、不正請求をくりかえす医療機関を規制するのは当然である。現在の日本では保険医療機関であれば国民誰もが必要に応じて受診できる権利が制度上保障されている。(現実は一部負担が高額になり受診手控えがおこっている)しかるに市が独自に生活保護の診療ができる医療機関を認証し生活保護受給者の受診できる医療機関を限定することは、生活保護受給者を一般国民から差別し医療を受ける権利を侵害することになる。さらに生活保護受給者の医療水準を低く抑えることになれば憲法違反である。

生活保護受給者が200万人を超え、保護費が3兆円以上になっている現実への対処が必要である。なぜそうなっているかかの分析と基本的人権を保障する立場での対策が必要だ。高齢化に伴い年金額がきわめて低い方が増加しているとともに稼働年齢の層の失業者が増加していることが保護受給者を増やしている。対策としては最低年金額をあげることと雇用創出し促進することである。

また「所得が生活保護支給基準以下となるケースの内、実際に受給している割合を示す「捕捉率」は、イギリスでは87%、ドイツは8590%なのに対し、日本は約1020%となっている」(Wikipedia :生活保護)事実を見逃してはならない。生活保護に該当する人が受給できていないのが実態である。

「生活保護受給者が約15万人(昨年12月)と全国最多の大阪市では、2010年度の医療扶助費が、生活保護費全体の約45%にあたる約1292億円に上り、財政を圧迫している」(読売新聞1月13日)これは低所得者の加入が多い国民健康保険が生活保護者を排除していることが最大の原因である。医療保険制度の欠陥を、生活保護制度が尻拭いしている。

読売新聞は「生活保護受給者の「頻繁通院」 全国で1万8217人…厚労省調査」(12月31日読売)と報道した。元になったデータを見たくて読売に問い合わせしたが、直接厚労省に聞けと言うことで厚労省にメールでデータをお願いしたが現在のところ返事がない。「頻繁通院」イコール過剰診療なのか詳細な検討が必要である。 

悪質な医療機関が過剰な診療をしている可能性を否定はしない。それは医療扶助だけの問題ではなく、保険医療全般の問題である。現行の監査制度で取り締まり必要なら保険医療機関の指定を取り消せばいい。しかし生活保護だけに限って問題にするのはいささかお門違いである。

橋下徹市長が誰の味方なのかだんだんはっきりしてきた。公務員・教師の次は生活保護受給者そして高齢者が攻撃のターゲットなのだ。そのつぎは障害者・ワーキングプアが、努力が足りない自己責任をとれと切り捨てられることになるだろう。

99%の連帯が必要である。近い将来、occupy Nakanoshima!を実現しよう。

2012年1月9日月曜日

橋下市長 公務員・教員たたきの次は高齢者たたき


橋下徹氏はツイッターではしゃいでいます。

「もう社会保障制度もむちゃくちゃ。現役世代が国を支えることに間違いない。高齢者を支えるのも現役世代になる。そうであれば現役世代、そして将来現役世代になる子供に投資するしかない。今は高齢者に直接お金を入れ過ぎ。それは選挙で票になるから。」「高齢者世代に国民から徴収した多額の税をいきなり入れて支えるのではなく、現役世代・子供にまず多くの税を入れて現役世代を厚く・強くする。そして現役世代の活力によって税が増えた分で高齢者を支える。今は高度成長時代とは違う。皆に等しく配分する財源がない。」「限られた財源しかないのであれば、投資の原理原則でいくしかない。高齢者を支えるためにも現役世代を厚く・強くする。高齢者からは猛反発を食らうだろうが、政治がそれをやるしかない。そのためには現役世代が政治を後押しするしかない。」「次の衆議院総選挙で、現役世代が、一からの国づくり、(中略)その中には現役世代を重視する新しい社会保障制度作りも含まれる。現役世代の皆さん、一度だけ本気で新しい国づくりをするしかありません。それが次の総選挙です。」

公務員と一般市民とを分断し「成功」した経験を今度は、「高齢者」と「現役世代」を分断する作戦だ。諸悪の根源は「ユダヤ」として一般市民の憎悪をかきたてたように。公務員・教員に続いて高齢者がターゲットにされた。
公務員の給与を下げても、民間・非正規労働者の給与は上がってこなかった。これからも上がることはない。高齢者の社会保障を切り下げても、現役社会の社会保障は向上しない。99%を分断しようと策略にのってはならない。橋下氏こそ1%の代表なのだから。

2012年1月7日土曜日

必見NHK追跡!真相ファイル「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」


NHK追跡!真相ファイル「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」


12月28日づけで放送された上記番組は低線量被曝の基準についての真相を報道しています。

低線量被ばく_揺らぐ国際基準_追跡!真相ファイル
http://www.dailymotion.com/video/xnb9h8_yyyyyy-yyyyyyy-yy-yyyyyy_news 

2012年1月5日木曜日

「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書」を読んで


低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(以下「WG」)は細野豪志原発事故担当大臣の要請に基づき、放射性物質汚染対策顧問会議の下に設置され、119日に初会合をおこない8回の会議の後1215WG報告書をまとめた。http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222a.pdf
WGの見解と提言要旨
1、科学的には100mSv以下の低線量被曝の発がん増加は科学的に証明されていない
2、被曝量に比例して直線的に発がんが増加するとの見解をとるにしても低線量の被爆は交通事故や肥満や喫煙のリスクの方が高い
3、子どもの生活環境の除染を優先する。校庭・園庭の空間線量率が毎時1マイクロシーベルト未満とする。長期的に追加被ばく線量を年間1ミリシーベルト以下とする
4、放射線防護措置を実施するに当たっては、それを採用することによるリスク(避難によるストレス、屋外活動を避けることによる運動不足等)とのバランスを考えることが必要
5、福島県は20年後を目途に、がん死亡率が最も低い県を目指し、がんに関する対策については、世界に誇れる地域となるべきである

私の意見
ア、4の放射線防護措置のメリットとデメリットを考える必要があることは賛成である。また生活の場については個々人の納得に基づく自己決定が必要だ。しかし補償額や除染費用とのバランスで防護措置が左右されてはならない。被害者の利益が最優先される必要がある。
イ、1の科学的に証明されていないというのは、広島長崎の被爆者の疫学研究に基づいて言われている。100mSv 以上は疫学的に証明されていることは異論がない。しかし100mSv 以下は疫学的に証明するに至っていない。対照群でも罹患率が非常に高く優位の増加を疫学的に証明することが難しいからである。100mSv以下は影響がないということが証明されているわけではない。
福島の参照事例はチェルノブイリの事故である。事故後25年しか経過しておらず被害の影響も確定していない。今後発がんについての事例も集積されることになる。またがん以外の他疾患についてもデータを集積する必要がある。現在進行中である。さらに言えば、福島の事例の集積が低線量被曝の健康影響の事実を明らかにする。
ウ、2の低線量被曝より交通事故や肥満や喫煙のリスクの方が高いと言う見解は臨床医としては奇異に聞こえる。臨床現場では多くのエネルギーを費やして交通事故や肥満や喫煙のリスクを低減するよう努力している。低線量被曝はそれよりましだから甘受しろと言うことにはならない。回避可能なものは全力をあげて回避しなければならない。
エ、3では長期的に追加被ばく線量を年間1mSv 以下にするとしている。公衆一般の被爆線量限度は年間1mSvである。この限度以下にすることが目標である。「長期的に」それを目指すとするのは、事故が起こったのだからしかたがないと事故の責任回避を容認することになる。一刻も早く1mSv以下にする責任が東電と国にある。その時まで被爆事故の責任・賠償義務は継続することをWGは指摘するべきである。
オ、5については異論がない。ただ20年後の結果に誰が結果に責任を持っているのかが問題だ。宣伝文句にしか聞こえない。具体策と進捗の開示が必要だ。


私の結論
 低線量被曝の健康影響は疫学的には証明されていないが、何らかの影響があることは否定できない。公衆一般の被爆線量限度を年間1mSv以下にすることは国際的な合意である東電・国は追加被ばく線量を年間1mSv 以下にする義務がある。がん死亡率が最も低い県になるべく、総合的な健康管理を継続する必要がある。健康被害について全面救済しなければならない。将来、発がん患者の補償を被曝線量で足きりするようなことはあってはならない。


2012年1月4日水曜日

医者なのに


17日は母の誕生日だ。

母の女学校時代の写真を見ている。17歳ぐらいだろう。セラー服で髪を真ん中でわけ三つ編みのおさげ髪だ。目鼻立ちがくっきりしている。1930年代の中ごろだろう。日中戦争が目前である。これから戦争に突き進む不安など微塵も感じさせない。私の好きな顔だ。

母はよく「信明はおとなしい、いい子だ」と言っていた。大学に進学してからずっと離れて生活してきた。仕事にかまけて孝行らいしことはしてこなかったのに。

父が10年前に亡くなった。「なぜ現太郎は早く死んだ 信明は医者なのに、なぜ治せなかったのか」「煙草をやめるようにどうして言ってくれなかったのか」とくりかえし言った。私は「医者本人だって癌で死ぬよ」と言いわけした。

この数年はめっきり記憶がわるくなった。「どうしたんやろ。ぜんぶ忘れてしもたわ。はよ死にたい」と言った。私はあいまいに笑いながら聞こえないふりをした。適当な言葉が見つからなかった。

先日、鏡で自分の顔をみて私の顔の中に父親と母親がいるのに気がついた。「アーそうなんだ」と思った。頭に白髪混じる年になってはじめてわかった。

でも今年の誕生日には母はいない。どこかで「信明は医者なのに」と言っている気がする。