1月7日は母の誕生日だ。
母の女学校時代の写真を見ている。17歳ぐらいだろう。セラー服で髪を真ん中でわけ三つ編みのおさげ髪だ。目鼻立ちがくっきりしている。 1930年代の中ごろだろう。日中戦争が目前である。これから戦争に突き進む不安など微塵も感じさせない。私の好きな顔だ。
母はよく「信明はおとなしい、いい子だ」と言っていた。大学に進学してからずっと離れて生活してきた。仕事にかまけて孝行らいしことはしてこなかったのに。
父が10年前に亡くなった。「なぜ現太郎は早く死んだ 信明は医者なのに、なぜ治せなかったのか」「煙草をやめるようにどうして言ってくれなかったのか」とくりかえし言った。私は「医者本人だって癌で死ぬよ」と言いわけした。
この数年はめっきり記憶がわるくなった。「どうしたんやろ。ぜんぶ忘れてしもたわ。はよ死にたい」と言った。私はあいまいに笑いながら聞こえないふりをした。適当な言葉が見つからなかった。
先日、鏡で自分の顔をみて私の顔の中に父親と母親がいるのに気がついた。「アーそうなんだ」と思った。頭に白髪混じる年になってはじめてわかった。
でも今年の誕生日には母はいない。どこかで「信明は医者なのに」と言っている気がする。
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