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2012年9月12日水曜日

橋下徹氏が語るべきことは、自らの政治的理念・ビジョンであり、それを支える自らの信条である


   毎日のマスコミは維新の会報道にはうんざりする。毎食後と寝る前に維新の会の広報と橋下徹氏のお言葉の繰り返しだ。マスコミはブームを追って報道しているのではなく、マスコミ自らがブームをつくりだそうと躍起になっているようだ。

橋下徹氏が繰り返し語る言葉に「変革者」のオーラを感じる人も少なくないようだ。当面の政策では自民党安倍元首相と大差ない政治的右派の立場が見えだしている。

しかし彼を支持しようが支持しまいが、一番知りたいのは彼の政治的理念でありビジョンである。饒舌な彼であるが語るのは統治の仕組みだけである。仕組みをかえて何がしたいのか、目指すのはどんな国柄かそのことについて全く語らない。

政治的には右派潮流の主張を繰り返しているが、どんな理念があって右派的主張をしているのかを明らかにしない。だから右派の一部からは理念のないニヒリストとして軽視されている。

まかり間違うと彼が首相になり憲法を「改正」することになるかもしれない。そうであるからこそ、彼はなぜ国政に携わりたいのか、自らの信条を語るべきである。その信条が過去の43年の人生の中でどう形成されたのかを説明しなければならない。

そうすれば橋下徹氏が日本国の首相にふさわしいかどうかが自から見えてくる。マスコミはそこを掘り下げて報道してほしい。国民は彼が何者であるのかよく知るべきである。

2012年9月1日土曜日

神様のカルテ3 多くの医師と医師をめざす若者に読んでもらいたい


新聞の広告で神様のカルテ3が出版されたと知って、わざわざ書店にでかけて買った。いつもなら本はネット書店の宅配で購入する。早く読みたいと思い書店に出かけた。私は医者を36年もし、そろそろ引退が近づいている。ほとんど小説は読まない。とくに医者物や病院物は嘘が透けて見えるので敬遠してきた。そんな私が夏川草介の神様のカルテシリーズにであったのは偶然だ。昨年の夏、映画「神様のカルテ」をシネコンで見た。私の空き時間と映画の上映時間の関係でこの映画しか見られなかったからだ。この映画を見た後、神様のカルテ1、2を読んだ。

 作者夏川草介は非凡な作家だ。私が魅かれているのは地域の第一線の病院の実相がリアルに描かれているからである。”この町に、いつでもだれもが診てもらえる病院を”の使命感を持ながら24時間365日の診療を提供し続けている医師・看護師の喜びや苦しみが描かれている。当直勤務明けに若手の医師が医局の床で寝ている姿はその象徴だ。

神様のカルテ3では、主人公の青年医師に転機が訪れる。
主人公が膵臓の良性腫瘤を癌と「誤診」し外科手術に回してしまう。当然、患者家族や病院管理者から批判される結果になる。

先輩医師は主人公にこう言う。
「医者を舐めてるんじゃない?今の医療って、一か月単位でどんどん進化していく日進月歩の現場なの。一瞬でも気を抜けば、たちまち自分の医療は時代遅れになるわ。それはつまり、患者にとって最善の医療を施せない、ということじゃないかしら。そんな厳しい世界にいながら、亡くなる患者のそばにいることに自己満足を覚えて、貴重な時間と気力と体力を浪費していく医者なんて、私からしてみれば、信じられない偽善者よ」P212
「医者っていう仕事はね、無知であることがすなわち悪なの。私はそういう覚悟で医者をやっているのよ」P214

そのとおりである。いくら患者の役に立ちたいと思っても知識と技術がなければ意味がない。しかし知識と技術を獲得・維持するために患者に寄り添う「やさしさ」を失ってはダメだ。勉強・研究する時間を確保するために患者を選別し、手抜き診療してはいけない。

病棟看護師はこう言ってくれた。
「みんな医者を便利な小道具かなにかと勘違いしているのよ。昼も夜も働かせて、土曜日も日曜日も呼び出して、散々頼っておきながら、ミスを犯したと知った途端、あっさりと掌を返して、やっつけようとする。こんなことしていたら、真面目に働く医者から順に、壊れていっちゃうわ。」P325
ありがとう。その言葉ほんとうにうれしい。

結果的には主人公は大学病院に転勤することになる。
内科部長はこう言ってくれる。
「だから栗ちゃん、おれが言えることはただ一つだ。医者にとって大事なことは、”続けること”ってな。」P373

医者が「やさしい」ことも「かしこい」ことも大切だが、医者を辞めないで続けることが大切だ。そのためには「つよい」ことがたいせつだ。
著者は夏目漱石の言葉を引用する。「”あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んでいくのが大事です”」(夏目漱石)P189

内科部長は主人公に言う。
「しっかり勉強して、また戻って来てくれや」P375
彼を批判した先輩医師は、彼が病院に戻るまでの間、病院を守って頑張って働いてくれる。
私も是非また第一線に帰ってきてほしいと思う。

この本を多くの医師と医師をめざす若者に読んでもらいたい。

転載 「2007年の閣議決定」を理由に「河野談話」の意義を低め、あるいはその見直しを求めた橋下市長発言(8月24日)の事実誤認を指摘する


「2007年の閣議決定」を理由に「河野談話」の意義を低め、あるいはその見直しを求めた橋下市長発言(8月24日)の事実誤認を指摘する

2012年8月28日
日本軍「慰安婦」問題解決に向けた意見書可決をすすめる会

橋下市長は8月24日の記者会見で、政府が「慰安婦」問題での「お詫びと反省の気持ち」を述べた「河野談話」(2003年)について、要旨次のように述べられました。
 ➀「2007年の閣議決定」では「慰安婦」の強制連行を裏付ける直接の記述・証拠はないことが確認されている、➁それは「河野談話」を「見直す」か、閣議決定が「間違って」いるかの「どちらか」という関係に立つものであり、➂閣議「決定」は河野「談話」より上位に立つのだから、「慰安婦」問題については「河野談話」でなく「2007年の閣議決定」こそが「日本政府の決定」である。
 しかし、市長のこの発言は「2007年の閣議決定」に対する重大な事実誤認の上に立つものと言わねばなりません。
 2007年に開かれた105回の閣議の中で、直接「慰安婦」問題にかかわった案件は9件ですが、これらはいずれも日本政府の基本的な立場が「河野談話」を継承するものであることを明示しています。
 今回の橋下市長発言の根拠と目されるものは、3月16日の次の閣議決定(答弁第110号)に含まれる次のアンダーラインの部分です。
「お尋ねは、『強制性』の定義に関連するものであるが、慰安婦問題については、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、同月四日の内閣官房長官談話(以下「官房長官談話」という。)のとおりとなったものである。また、同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。
  調査結果の詳細については、『いわゆる従軍慰安婦問題について』(平成五年八月四日内閣官房内閣外政審議室)において既に公表しているところである・・・」。
 しかし、上の「決定」は、アンダーライン部分の主張をもって「河野談話」の否定を意図したものではありません。
 それは、同じこの「閣議決定」が、「慰安婦」問題に関する「政府の基本的立場は、官房長官談話を継承しているというもの」だと明言し、「官房長官談話は、閣議決定はされていないが、歴代の内閣が継承しているものである」、「慰安婦」への謝罪については「官房長官談話においてお詫びと反省の気持ちを申し上げているとおりである」と述べていることに明らかです。
 「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」。それにもかかわらず、日本政府は「河野談話」を「継承」するというのが、この「閣議決定」の論旨なのです。
この点については、4月20日の「閣議決定」(答弁第169号)が、さらに明快に日本政府の立場を示しています。
「(河野談話は)政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、当該談話の内容となったものであり、強制性に関する政府の基本的立場は、当該談話のとおりである」。
繰り返しておきましょう。「強制性に関する政府の基本的立場は、当該(河野)談話のとおりである」というのが、この「閣議決定」の内容です。
「河野談話」は、政府諸機関に残された文書資料だけでなく、「元軍人等関係者」や「元従軍慰安婦の人たち」からの聞き取り、米国公文書の調査、沖縄の現地調査、さらに内外の多くの文献を参考にまとめられています。上記「閣議決定」は、「これらを全体として判断した結果」、「強制性に関する政府の基本的立場」が「河野談話」のとおりであることを再確認するものになっているのです。
 「河野談話」は、「慰安婦」の連行に関する「強制性」について次のように述べています。
 「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」。
 「2007年の閣議決定」は、このことをしっかり「決定」するものになっています。
 さらに追加しておけば、同じ4月20日の「閣議決定」(答弁第168号)や、6月5日の「閣議決定」(答弁第266号)は、中国やインドネシアでの個別事案をめぐり、強制連行の事実を認定した上での極東軍事裁判所やバダビア臨時軍法会議の判決に、国はこれを「受諾」し、これに「異議を述べる立場にない」こともはっきりと確認しています。
 以上の検討結果を踏まえるなら、「2007年の閣議決定」を理由に「河野談話」の意義を低め、あるいは見直しを求めた橋下市長の発言には、何の客観性も正当性もありません。そこにあるのは「2007年の閣議決定」に対する市長の事実誤認、それだけです。
 私たちは、あらためて橋下市長に、次のことを強く求めたいと思います。
「日本の政治家の責務として、橋下市長には『慰安婦』問題の歴史と関連する戦後政治史の事実、さらには戦時性暴力の克服をめざす現代国際社会の努力を、広く、しっかり学んでいただくことを要望する」。
市長にはこの要望を、ぜひとも深く、あらためて胸に刻んでいただきたいと思います。

以上。

2012年8月25日土曜日

竹島=独島 日本の主張・韓国の主張 自分の頭で考えよう


子どもの喧嘩のようなやり取りが続く。歴史的・国際法上も「明らか」なことがどうして真っ向から見解が異なるのか。先入観をすて自分の頭で考えてみよう。

ポイントは
①    1696年の江戸幕府見解
②    1877年の太政官指令
③    1951年のサンフランシスコ講和条約
のようだ。

両国の国民が納得する議論が必要だ。

大韓民国外交通商部 独島 http://dokdo.mofat.go.kr/index_en.jsp#

2012年8月24日金曜日

転載 橋下市長の「慰安婦」問題での発言(8月21日)に対する抗議文


2012年8月24日
大阪市長
橋下 徹 様
「慰安婦」問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会
(共同代表)安達克郎(茨木診療所所長)
石川康宏(神戸女学院大学教授)
西欣也(甲南大学教授)

橋下市長の「慰安婦」問題での発言(8月21日)に対する抗議文

 日本軍による性的暴行の被害者である元「慰安婦」を侮辱し、この国の進路を危うくするものであるとの理由から、8月21日の記者会見で橋下市長が行った「慰安婦」問題での発言に強く抗議し、あわせて発言の撤回と謝罪を求めます。
新聞報道によると、市長は「(慰安婦の)強制連行の事実があったのか、確たる証拠はないというのが日本の考え方で、僕はその見解に立っている」「慰安所はあったのかもわからないけど、慰安婦が軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられたという証拠はない。あるなら韓国にも出してもらいたい」と述べられました。
しかし、ここで市長がいう「日本の考え方」とは一体誰の考え方のことでしょう。
外務省が、世界に公開しているホームページには「加藤官房長官談話(92年4月)」「河野官房長官談話(93年8月)」が掲載されており、それは「慰安婦の募集について」「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」(河野談話)と、強制連行の事実をはっきり認めるものになっています。
河野談話は、日本政府自身が、警察庁・防衛庁・法務省等々の政府機関の他、国立公文書館や国会図書館、米国国立公文書館などを調査し、さらに元軍人、元朝鮮総督府関係者等をふくむ広範な当事者への聞き取りも行ってまとめられたものです。
日本政府のこの判断が「日本の考え方」と異なる誤りだとするのであれば、その「証拠」を日本政府に向けて提出する責務を負うべきは、市長ご自身ではないでしょうか。市長はどのような「証拠」をお持ちでしょう。ぜひ、お示し下さい。
あわせて市長は「慰安婦制度はいまから考えると非常に倫理的に問題のある制度なのかもしれないが当時の時代背景において、どういうものだったのかということを真正面から議論しなければいけない」ともいわれています。
しかし、これも長く調査、研究が重ねられてきた事柄です。当時の国際法のもと、日本政府も遵守すべきであった奴隷的な強制労働や非戦闘員への虐待の禁止など「当時の時代背景」に照らしても、「慰安婦」制度が許されるものでないことはすでに明らかです。これについて、市長はどのような反証の根拠をもって、今回のような発言をされたのでしょう。
市長もご承知ではありましょうが、「慰安婦」問題をめぐり、「河野談話」にとどまらない誠実な謝罪や事実の究明と公開、賠償などを日本政府と社会に求めているのは、「韓国」政府だけではありません。
2007年にはアメリカ下院、オランダ下院、カナダ下院、欧州議会(加盟27ケ国)、08年にはフィリピン国会、韓国国会、台湾立法院などで、それぞれ日本政府に問題の解決を求める正式の決議が成されています。
さらに本年7月9日にアメリカのクリントン国務長官が、「慰安婦」ではなく「強制的な性奴隷」と呼ぶべきだと発言したことも、多くの国際的な注目をあびました。
こうした動きの背後にあるのは、現代における戦時性暴力の廃止に向けて、これまでの「不処罰の連鎖」を断ち切ることの必要が、国際社会の広い合意となっている事実です。
「慰安婦」問題を検討の埒外においた日韓基本条約をもって、「請求権問題は解決済」とする一部の議論も、国際社会ではまったく通用するものではありません。
橋下市長が就任される前の2010年10月に、大阪市民の多くの要請を受け、大阪市会は「日本軍『慰安婦』問題の早期解決に関する意見書」を可決しました。それは今も大阪市会のホームページに掲載されています。
その最後の一文は次のようになっています。
「国におかれては、河野談話に矛盾しないよう慰安婦問題の真相究明を行い、被害者の尊厳回復とともに、今日なお存在する女性への暴力・人権侵害の解決に向け、誠実に対応されるよう強く要望する」。
これこそが大阪市民の良識の声であり、市会議員のみなさんの見識の表れではないでしょうか。市長はこの意見書をどのように考えておられるのでしょう。
以上、何ら新たな「証拠」も根拠も示すことなく、「慰安婦」被害者を侮辱し、国際社会における日本の進路を危うくさせる今回の市長の発言に、強く抗議し、ただちにこれを撤回し、謝罪していただくことを求めます。
くわえて日本の政治家の責務として、橋下市長には「慰安婦」問題の歴史と関連する戦後政治史の事実、さらには戦時性暴力の克服をめざす現代国際社会の動向を、広く、しっかりと学んでいただくことを要望するものです。

以上

2012年8月21日火曜日

病棟医師からの手紙


病棟の医師から入院の結果を知らせる手紙が外来主治医に来る。入院中の医学的な経過なら電子カルテ上で退院時要約をみればわかる。それとは別に外来主治医宛に手紙が来る。死亡退院をされた場合は、手紙をみて初めて亡くなったことを知ることが少なくない。

先日も、外来で診ていた患者さんが死亡退院されたとの手紙を受け取った。80歳代の女性で、慢性の心不全と気管支喘息を持っておられ、しばしば病状が悪化し入院していた。私の「気になる患者さん」の一人だった。予約日に来られないと心配で、看護師さんに家まで様子を見に走ってもらっていた。

入院当初は人工呼吸をするほど状態が悪かった。いったんは回復されたが、何度も感染症をくりかえされ、もう回復の見込みがない終末期になった。このかたは身寄りがなく認知機能の低下もあった。スタッフが集まってこの人にとって医学的にも倫理的にも最善のケアとはなにかを議論して方針を決めてくれたそうだ。亡くなる直前まで口から食事を食べていたとのことだ。親身になってよく診てくれた。

患者さんについての手紙をもらうとうれしい。それを読むと入院中の苦労や真面目な取り組みをうかがうことができる。病棟の医師たちはなかなか頑張っているなと頼もしく思う。

2012年8月19日日曜日

領土問題は確かに存在し、そして我々は東アジアに住み続け、歴史は過去から未来につながり続ける 自分の頭で考え,相手の意見を聞こう


竹島、尖閣列島、北方領土をめぐる緊張が続いている。意見の違いがある領土問題の「実効支配」の現状を実力で変更しようとするやり方は緊張を激化させる。尖閣列島に強行上陸した香港の民間団体は秋にも再度強行上陸を計画していると伝えられている。非常に憂慮すべき事態である。私は東アジアに公正な平和で豊かの共同体をつくりたいと考えています。そのためにも、東アジアにある領土問題を公正かつ平和に解決することが避けることのできない課題である。21世紀にふさわしい解決を実現したい。

以下四つの論点について述べる
1、領土問題は特別のことではなく、よくある国際紛争であるとの認識が大切
2、東アジアにある国々は、過去・現在・未来をつうじて東アジアにあり続ける
3、多数がこういうから自分も同じ意見ではなく、個々人が自分の意見を持つ
4、自国民だけではなく相手の国民の大方の納得のできる解決が必要

1、領土問題は特別のことではなく、よくある国際紛争であるとの認識が大切
地図上に線を引いてここからは自国の領土であるとしている以上、その線引きに異論がでることは容易に想像がつく。国内でも土地の境界線をめぐる民事の争いはよくあることである。古代・中世から人が居住していた土地なら事実は明白だが、近世に至るまで無人島であり所有権が明確でなかった土地をどちらが先に占有を宣言したかの事実について意見の違いがある。だからこそ意見の違いを議論し解決策を見つける必要がある。現在、竹島ついては韓国政府が、尖閣列島については日本政府が領土問題存在しないとの態度をとっている。自国の領土であるとの結論は明白であるとの見解だ。しかし憂慮すべき領土問題がおこっている事実を認め、話し合いを始めることから解決の道がはじまる。領土をめぐって隣国に異論があり、強行上陸をくりかえす動きがある。それを実力で排除する方法を繰り返せば早晩武力紛争になることは目に見えている。流血の事態は避けなければならない。各国政府の責任ある対応が望まれる。

2、東アジアにある国々は、過去・現在・未来をつうじて東アジアにあり続ける
日本は東アジアの東端にある。韓国・中国・ロシアはその隣国である。望むと望まないにかかわらずそうである。決して日本をアメリカ西海岸沖に移動させることはできない。そうであれば、隣国と平和・友好の関係を続けなればなならない。過去の歴史を見ても、多くの人と物の交流がありそれを通じてそれぞれの国の文化がつくられたのは明らかだ。過去には悲惨な侵略と戦争の歴史があった。そのことを認識したうえで、21世紀の東アジアの共同の道を探らなければならない。今、A国が軍事力でB島を防衛もしくは奪取したとしてもC国の国民は納得しない。A国とC国の善隣友好の関係は未来にわたり傷つけられることになる。ありえない話だが、A国がB島を確保するだけでなくC国全体を併合あるいは属国にしてしてもC国の国民の怒りはさらに大きくなり、ついにはA国が破滅する。それが20世紀に帝国主義戦争を経験した人類の到達である。関係諸国の政府はそのことを肝に銘じなければならない。

3、多数がこういうから自分も同じ意見ではなく、個々人が自分の意見を持つ
領土問題は避けて通れない問題である。歴史的事実はどうであるかを自分の頭で考えることが必要だ。論争がある問題なのに一つの国に一つの見解しかないのは極めて奇妙である。領土問題になると国家主義の呪縛にとらえられてしまってはいけない。何が歴史的事実か、歴史的事実の確認のための作業が必要だ。事実を調べ自分の見解を持ち、そしてなぜそう考えるのか=説明責任を果たさなければならない。
そして自国では少数意見であれ意見を表明する自由が必要だ。日本だけではなく韓国・中国・ロシアでもその自由が実現されなければならない。

4、自国民だけではなく相手の国民の大方の納得のできる解決が必要
領土問題が難しいのは、各国政府の思惑とは別にそれぞれの国民の気分感情があることだ。国際司法裁判所の裁定が解決の大きな力になると考えるが、裁定が出たとしても各国民が納得できなければ同じである。真の解決のために日本国民もふくめてそれぞれの国民の気分感情も配慮したうえで解決の道を探る必要がある。そのためには、あらゆるレベルでの対話をしたい。スポーツや芸能・文化に領土問題を持ち込む必要はない。しかし自分たちが応援する外国の芸能人やスポーツ選手がこの問題でどんな意見であるかを知り率直に受けとめたい。
韓国や中国に友人を持つことがもっと大切だ。時には領土問題を避けずに話題にする。自分はどう考えるかを論理的に述べ、相手の見解を知り理解したい。
韓国人は、中国人は、そしてロシア人はこうであるとかのステレオタイプの国民観は21世紀にはふさわしくない。市民的交流を通じて多様な考えを広め、多様な考えを知り、相互理解を深めることが領土問題解決の王道だ。