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2012年5月20日日曜日

[創作]息子夫婦が孫を連れて沖縄に移住してしまいました


5月14日の夜、議会の全員協議会が終わり家に帰ると、玄関で嫁が待っていた。
嫁は「どうでした」と聞いた。
私は「再稼働同意が決まった」と答えた。
「それで義父さんは」
「賛成したよ。反対は共産党の猿橋さんだけだ」
嫁は悲しそうな顔をして、「どうしてお義父さんまで・・。事故時の避難路も確保できていないし、免震等の建設もまだで、再稼働は問題だとおっしゃっていたではないですか」
「このまま原発停止が長引けば町民の生活がなりたたず、首くくりが出る。そんな段階なんだ。しかたがないんだ」
「そうですか・・・」そう言って嫁は、自分たちの離れに戻っていった。

全員協議会で猿橋さんは「住民の不安は福島原発事故を見た現実から出たものだ。まともな事故の原因究明も安全対策も避難計画も規制機関もなく、再稼働が認められないのは明らかだ」とはっきり発言した。私もその発言を聞いて心では「そうだ、そうだ」と叫んでいた。だいたい議員で積極に賛成なのは、関電ひもつきの二人だけだ。ほかの議員は本心では再稼働させたくない。他人が使う電気のために危険な原発を再稼働させたいと思うわけがない。ただただ生活のためだ。

全員協議会の前日13日。幼なじみで旅館の経営の高橋が訪ねてきた。青い顔をして「もうあかん。俺は破産する。去年の12月に2号機がとまり、大飯原発稼働ゼロになって以来。客がぜんぜんこん。これ以上、再稼働が遅れれば。一家心中せなあかん。原発が危険なのはわかっているが背に腹は代えられん。ぜひ賛成してくれ」畳に額を押し付けて懇願した。そんな高橋の姿を見るのは初めてだった。旅館は原発関係者の客でもっていたのだ。

全員協議会の翌日から私のところにも抗議メールがたくさんきた。中には「人殺し」とか「関電の犬」とかという激しいものもある。これまで我々に危険な原発を押し付け、電気を湯水のように使ってきた関西の人たちが、福島の事態を見て今度事故が福井で起これば自分たちに危害が及ぶと、「原発ゼロ」をぬけぬけと叫ぶのは納得できない。あまりにも身勝手ではないか。町民の苦しみをどれだけ理解しているのか。悔しい。

今日5月20日、息子夫婦と2歳の孫の京子そして私の連れ合いの雅子が沖縄に行った。「関電と距離をとって原発の温排水問題でも関電と交渉をしていたお父さんまでが賛成するのだから福井はもうだめと思う。京子の安全が一番です」と言い残して出て行った。

淋しい。帰ってきてほしい。そのためには再稼働をとめなくては。廃炉と雇用の問題を同時に解決するしかない。

猿橋さんは「財政問題も安全が前提とならないと議論にならない。原発が止まっても、廃炉作業があり、雇用はゼロにはならない」と言っていた。彼と相談してみよう。関西にも出かけて行って、原発立地地域の苦しみを理解してもらい支援してもらおう。

京子にもう一度会える日まで頑張りたい。

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