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2012年9月17日月曜日

ジョゼフ・マッカーシー と橋下徹


 ジョゼフ・マッカーシー(1908年-1957年)アメリカの共和党選出の上院議員。マッカーシズムの言われた「赤狩り」で知られる。最近このマッカーシーと橋下徹大阪市長が対比して論じられることが多い。両者の相似と相違を整理してみる。マッカーシーについては「マッカーシズム」(R・Hロービア 岩波文庫 以下*1)を参考にした。


1、両者ともどうして政治家になりたいと思ったのかを語らない
両者とも経済的に貧しい家庭に生まれている。「二世政治家」が横行する昨今、このことは政治家として誇るべきことだ。しかし青少年期を通じて、なぜ・どのように政治家を志すようになったかを語らない。
橋下氏はタレント弁護士時代の著書「どうして君は友だちがいないのか (14歳の世渡り術)」で中学時代いじめにあい、他の不良グループの傘下に入りいじめをきりぬけたと述べている。これは一国を担う政治家の人生観とは違う。この本をだした2007年には政治家になろうとは夢にも思っていなかったのだろう。
語るべき大志があるのだろうか。あるとすればいつからどういう経緯でそう思ったのか。

2、両者とも天才大衆扇動家である。
偶然にも二人とも弁護士出身、相手を言い負かすことにたけている。「アメリカが生んだもっとも天分豊かなデマゴーグだった。(中略)またアメリカ人の深部に彼くらい的確に、敏速に入り込む道を心得ている政治家はなかった」(*1)「マッカーシーは絶叫者、ごろつき政治家、群衆操縦家、民衆の恐怖心の利用者であった」(*1)多くの大衆の支持を獲得した。マッカーシーは政府機関内の共産主義者を摘発することがアメリカの第一義的課題であるとした。密告が横行し、議会の一委員会が検察裁判所の役割をし、国民を断罪した。大統領・陸軍長官までをも攻撃しひざまずかせた。彼の顔色を窺わなければ公の人事が決められない状態になった。橋下市長については多くの言葉はいらない。

3、両者とも嘘を得意とする。
  「マッカーシーは、真実が万人の目に明らかであっても、真実をどのように取り扱っているかを万人が見ぬき得る時でさえ、単純な心理を恥知らずにあくまでごまかす当代唯一の政治家だとしたら、その言は正しいと言えよう」(*1)マッカーシーは30歳で巡回判事に立候補した時、歴史上最年少の29歳の判事になると宣伝し、相手候補は73歳で(実際は66歳)高齢すぎると批判した。橋下氏は08年の大阪府知事選挙の際、選挙準備をすすめる一方で「2%あり得ない」と否定していた。また原発再稼働反対言いながら、再稼働容認に転換したのも記憶に新しい。今回の日本維新の会の自分自身は国政にでないと繰り返し言明しているが、必ず衆議院選挙にでることになる。

4、両者の違うところは政権構想と組織の有無だ
「マッカーシズムは思想体系つぃての気概も実態も待たず、組織も持っていなかった」(*1)「マッカーシーは明日の朝のための計画も持っていなかった」(*1)ただただ騒ぎを起こし、自分の権力を高めたかっただけだ。ここがマッカーシーとヒットラーの違いだと「マッカーシズム」の著者R・Hロービアは指摘する。では橋下徹氏はどうであろう。日本維新の会を誕生させ「維新八策」という政策を打ち出した。まだヒットラーの突撃隊のような公然たる暴力集団を持っていないが、大阪維新の会に右翼が結集していることは事実である。


マッカーシーと橋下は多くの点で共通するものを持っている。しかし、橋下は政権奪取を「目前」にしている。マッカーシーはアメリカ社会に裏切りと幻滅という多大な傷を残したものの、私腹を肥やすペテン師として断罪され短命でおわった。しかし橋下は政権を握り、取り返しのつかない悪行をおこなう可能性が出てきた。もはや傍観は許されない。

佐藤優氏が橋下徹氏にファシズムの危険がないと断じたのは早計であるhttp://heiwayutaka.blogspot.jp/2012/04/blog-post_4408.html

元サラ金御用弁護士橋下徹氏がなぜ天下国家を語るのかhttp://heiwayutaka.blogspot.jp/2011/10/blog-post_24.html


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