7月8日午後、訪問診療だ。今日から梅雨明け。暑い。雨の日の訪問診療は嫌だが、最高気温33度の日はもっと嫌だ。三軒目は安井さんだ。独居で認知症もある。「はやく死んだ方がましや」が口癖の人だ。いつも訪問する時は、「はよ死んだら方がまし」攻撃が出たとき、どうレシーブするか準備している。玄関呼び鈴を鳴らす時、看護師に準備はいいかと目配せすると、自信がありそうな顔をしてうなずき返した。安井さんが窓からうさんくさそうに顔をだした。いつも通りである。「クリニックの往診です」と言って家の中に入れてもらった。
暑い。家の中はとにかく暑かった。クーラーはスイッチが入っておらず、温度計などはもちろんないが、室温は30度を超えている。「暑いね」と声をかけた。「そうですね」と返答はあるがさして苦にしていないようだ。汗が流れる。外の方がまだましだ。
看護師が血圧を計る。「190/100 高いね」と看護師。「薬は飲んでるん」と私。「身よりもないし早く死んだ方がましや。誰も悲しむ人もおらへん」と安井さん。いつものパターンである。そこで看護師が「安井さんが死んだら。私は悲しいわ」と返し安井さんの手を握る。安井さんはまんざらでない顔をする。今日は60点のレシーブだ。
安井さんの前にあるテレビの画面を見るとアナログ放送終了まで後16日の表示がある。「あと16日するとテレビが見れなくなるんやで。知っとるん。」と私。
「アナログやらデジタルやら何のことかさっぱりわからへん」
「何とかせんと、テレビが見れへんようになる。ケアマネに相談せなあかん。こちらから連絡しとくわ。」
「見れんかったら、見れんでええわ。上の人が勝手に、何の挨拶もなしに人のテレビを見れんようにするなんて、ひどい話や。」
住民税非課税所帯はチューナーが支給されるようだが、申請書を書けというのである。申請書を書いても支給作業は遅れている。国は、すでに地デジ対応は95%の所帯が完了したとして7月24日地上アナログ放送を停止しようとしている。80歳以上の人は調査票を記入するのが困難であるからという理由で、調査対象には安井さんのような80歳以上の所帯は最初から含まれていない。
安井さんの顔に中国残留孤児や震災の被災者の顔が重なって見えた。これは棄民行為だ。
安井さんの家を出て、テレビが止まれば安井さんの「はよ死んだら方がまし」攻撃はいっそうパワーを増すなと思った。
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