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2009年10月17日土曜日

企業の社会的責任と市民の社会的責任

企業から解雇され寒空に食事と寝る場所を求め人々のる姿が連日報道されています。
この現実を目の前にして、一つ一つの企業、一人一人の個人が今の社会をどう見るのか、どうあるべきと考えるかが問われています。

企業の行動が社会に大きな影響を与えることは、大気汚染や水俣病に見られる公害問題でも、最近の食品偽装問題でも明らかです。
企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)は、企業が利益を追求するのみならず、組織活動が社会へ与える影響に責任を持ち、あらゆる利害関係者からの要求に対して、適切な意思決定していることを明らかにする責任です。
その責任を果たせなければ社会的信頼を失い企業は存続できません。
企業は社会的責任を果たすことを強く求められています。

その観点から考えると、トヨタをはじめとする大企業が莫大な内部留保を持ち続け、また株主には配当を維持しながら、経営悪化を理由に労働者を大量に解雇している事態は、企業の社会的責任を果たしているとは言えません。
企業は「なぜ大量に労働者を解雇するのか。他に選択肢はないのか。」を社会が納得できるように説明する責任があると思います。
社会が納得しないことは撤回する必要があります。
そうしなければ社会的信頼を喪失することになります。

そして今こそ社会の一方の利害関係者である市民が市民の社会的責任(CSR:Citizen Social Responsibility)を果たすべき時です。
憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを維持しなければならない。また、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」としています。
憲法が保障する自由及び権利を維持することが、市民が不断の努力で果たすべき市民の社会的責任です。

企業は市民の労働と消費と資本提供によって維持されています。
企業の動きを監視し、ある場合は直接に、ある場合は国や法を使って間接に企業に影響を与える必要があります。
また国が国民の生活を守るよう声を上げるましょう。
フランスやドイツのEU諸国では企業の恣意的解雇を許さない社会的意思が明確に示されています。無関心や無力感を克服し一人一人の意思を示しましょう。

また国や企業に要求しているだけでは、眼前の困難は解決しません。
日本国民のみならず「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存」(日本国憲法前文)できる社会をつくるために助け合い活動(事業)をしましょう。
「年越し派遣村」が共感を広めています。
自分たちでできることから始めましょう。

こんな社会はこんな私たちがつくってきたのです。
だから私たちが社会的責任を果たせば、いいものに変えることができます。
力を合わせましょう。

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