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2009年10月17日土曜日

終末期医療と医師の悩み

 「先生、昨日は大変だったんですよ。」往診の車に乗り込んだとたん看護師が勢い込んでしゃべりだした。
Hさんが食事をとらないので、主治医のM先生が点滴をしようとしたが、患者さんが嫌だと首をふって頑として同意しない。
M医師が手を合わせて「今日だけ」とお願いして点滴をしたが看護師はつねられるやら、蹴とばさられるやらで大変だったそうだ。

Hさんは83歳の女性で骨粗鬆症・廃用症候群のためほとんどベッド上で過ごされおり、ようやくトイレへ伝い歩きで行ける状態だった。認知機能はほぼ正常であるが、以前より検査や入院はあまり希望していなかった。
それが先週から風邪をひいて食事をとらなくなってしまった。

今日はそのHさんのところへ私をつれていこうというのである。
私は「本人は治療不同意か。困りましたね。」とつぶやいた。

Hさん宅で、「水分が不足しています。点滴しましょうか」と話しかけた。
Hさんは首を横に振って不同意をあらわした。
今度は「点滴は止めておきましょうか」と言ってみた。
ひょっとしたら意識がおかしくなっていて今度も首を横に振るのではないか期待して尋ねた。
しかし、Hさんはウンと首を縦にふった。
「そうですか。私は点滴をした方がいいと思うのですが、あなたの同意のないことはしません。」と言い、点滴しないことにした。
それをカルテに入力した。
帰り際に「今後、どうするかは家族で話あって決めておいてください。」と嫁に言った。
先生はいつもクールだから点滴しなかったと看護師に言われるだろうなと思った。

二日たって今度はK医師が往診に行った。
K医師は僻地の診療所で勤務したことがある温厚な医師だ。
患者さんの状態を見て、「医師として患者さんを良くできる可能性があるのに、何もしないわけにはいかない。
点滴します。」と言って、さっと点滴セットを自分で準備し点滴をはじめたのである。
不思議なことにHさんは、K医師を見つめたまま抵抗しなかった。
翌日、訪問看護ステーションから「点滴しないことになっているのになぜしたのか」との詰問の電話がかかってきた。

家族会議の結論は「できるだけ長生きしてほしいが、本人が希望しない点滴や入院はしないで家でみたい。」お嫁さんはプリンをスプーンで口に入れたり、ジュースを注射器で少しずつ注入したりしてくれた。

Hさんはそれから1週間たって亡くなった。
ちょうど84歳の誕生日の翌日であった。

がんの末期のようにどの医師が診ても終末期とわかる状態がある。
しかし慢性疾患で次第に弱ってきた方が風邪や脱水など治療可能な病気をきっかけに状態が悪くなった場合を終末期と呼べるのかが難しい。
医療は本人の同意が原則だが、ひょっとしたら良くなるのではとの気持ちが医師にある時は悩ましい。

Hさんの場合はこれでよかった、本人の希望や家族の希望に添えてよかったと思う。
またM医師やK医師と一緒に診療できてよかったと思う。
これからも悩みながら患者に寄り添える医師集団でありたい。

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